No.21【質問】昆虫の脱皮と変態

2014/01/30 21:21 に www2 creator が投稿   [ 2014/01/30 21:26 に更新しました ]

【質問】

こんにちは。高校3年生男子です。

僕は、小学生の時にではありますが、蝶の研究を3年間しました。

それからは、他の事に興味が湧いたりしたりで、しばらく忘れていたのですが、

3になり進学を考えるにあたって、その時の疑問と、その研究ができる道が

あるかどうかを質問させていただきたいと思います。

その当時、蝶の研究をしようと思ったきっかけは、夏の終わりに、蛹を

お菓子の箱に入れて忘れて、暖房のない部屋に放置しておいたら、

翌年の春に羽化したことです。それも、石のように固くなってしまった蛹から

羽化したのです。

それから、仮説を立てて、人工的に、実験などをしました。

1年目は幼虫について、2年目は蛹について、3年目は成虫について、

蛹化にあたっての半年間の日長時間との関係、温度との関係、蛹化する前の

居場所と蛹の色の関係、蝶の通り道等、環境による成虫になる条件等を

調べたりして、蝶(昆虫)の不思議さ、神秘さに感動しました。

夏型の蛹が春型の蛹に変化したり、幼虫から蛹に変化するのは、昆虫ホルモンの

はたらきだということですが、昆虫ホルモンとは何なのかよくわかりません。

蛹化する時に、一度、細胞がすべて死んで、どろどろになって、新しい細胞が

作り変えられる現象のメカニズムは、どのようになっているのでしょうか。

このような昆虫ホルモンが、人間の病気治療に役に立たないかとかの研究

とかがされている研究室は、どこかにありますか。それは、不可能ですか。

僕は、今、受験する大学で、この昆虫ホルモンとかの生命科学か

(というのかわかりませんが)また、昆虫の不思議さが応用される工学か、

すごく迷っています。

東京農工大学の先生の本を当時読んだことがありますし、研究している先生の

特集をテレビで見た記憶があります。専門の先生の立場で、アドバイス

してもらえたらと思います。

よろしくお願いします。

 

【回答】

 

              脱皮と変態の仕組み

 

東京農工大学大学院・農学研究院・農学部 島田 順・普後 一

1.はじめに

 昆虫にも脳がある。昆虫の体は、頭部、胸部、腹部に分けられるが、もちろん脳は頭部にある。昆虫の脳は小さいが、我々の脳と同様に感覚器や神経系を介して、外界の情報を集め、それらを統合し反応系を作動させる。反応には、神経系を介したものと内分泌系(ホルモン)を介したものがあるが、脱皮や変態の制御は内分泌系によってなされている。むろん、昆虫の成長や変態の主要過程も、脳による内分泌調節機構も、それぞれの種ごとにあらかじめ遺伝情報として組み込まれていると考えられるが、脳には体内の生理的情報や外界の環境に由来する刺激を統合してこれを修飾、調整する機能がある。

2.脱 皮

 昆虫は外骨格をもつ動物なので、エビやカニと同様に成長に伴って脱皮する。昆虫の皮膚は、体腔と皮膚を隔てる基底膜の外側にある真皮細胞と、その外側の硬いクチクラ層から成っている。真皮細胞は、普通はクチクラと結合しているため皮膚の伸縮性が小さく、これを脱ぎ捨てない限り、幼虫は大きくなれない。幼虫がある一定の大きさになると、真皮細胞はクチクラ層の内側に新しいクチクラを作り外側の古いクチクラを脱ぎ捨てる。これを脱皮とよぶ。

下の図は、カイコガの生活環を示している(飼育温度が23から25℃の時を標準としている:森精、1970年:三省堂書籍図版を改写)。

 脱皮に先立ち、真皮細胞は分裂によって数を増やしつつ単層に配列し、次の齢の大きさを決める新しい真皮を形成する。さらに、真皮細胞は古いクチクラの内層を分解する酵素を分泌し、クチクラと真皮細胞の間に間隙をつくる。間隙ができると真皮細胞からは、新しいクチクラが外層から順次分泌される。古いクチクラ内層部の分解産物は、真皮細胞内に吸収され新しいクチクラの合成に再利用される。昆虫の一生で幼虫期は栄養成長の時代であり、幼虫の体重は孵化してから終齢幼虫に達するまでに数千倍にも増加する。脱皮は体の大きさの増大に対応した現象といえる。幼虫から幼虫への脱皮の回数は、決まっている種が多いものの、栄養状態や環境条件によって変る種も存在している。

 

3.変 態

幼虫から幼虫への脱皮は、体の組織形態や機能に大きな変化を伴わないが、幼虫、蛹、成虫への変態は、体組織の形態と機能に著しい変化を伴う。昆虫の成虫期は、生殖成長の時期であり、生殖器の発達と翅の獲得が特徴である。昆虫以外の変態する動物として、エビやカニなどの甲殻類、幼生時代がオタマジャクシの両生類、ホヤやフジツボなどが知られているが、そのいずれもが幼生、幼虫時代は効率よく栄養を摂取して成長するのに好都合な形態であり、成体、成虫は種の保存と繁栄に適した形態と考えられる。幼生と成体で食性や生活域を異にする場合も多く、これも同種内の競争を避ける適応戦略の一つといえる。

体組織の形態や機能の変化を伴う脱皮が変態であるが、昆虫には変態といえるほどの変化がない脱皮を繰り返して成虫になるグループがいる。これを無変態とよび、トビムシ目、シミ目、コムシ目などが含まれる。これらの昆虫は生殖能力の有無を除き、幼虫と成虫の形態はあまり変らない。

 成虫の形態が翅と外部生殖器を除いて幼虫形態とほぼ同じで、しかも、幼虫と成虫の間に蛹を経ない変態がある。これを不完全変態とよび、トンボ目、ゴキブリ目、カマキリ目、バッタ目、ナナフシ目、ハサミムシ目、カメムシ目などがそのグループである。これらの昆虫の幼虫には、成虫の翅とは異なるものの翅芽と呼ばれる袋状の構造が胸部に突出していることから、外翅類ともよばれている。

これに対し、完全変態の昆虫にはチョウ目、コウチュウ目、ハチ目、ハエ目、シリアゲムシ目などが含まれ、幼虫と成虫の間に蛹で過ごす期間があり、幼虫時代の脚や口器は、蛹になるときに退化する。成虫の口器、翅、脚、複眼、触角などは、幼虫のときには未分化の細胞群(成虫原基)として体内にあり、蛹になるまでみえないので、内翅類とも呼ばれている。完全変態の昆虫の大半は、蛹になるときに脱皮して幼虫のクチクラを脱ぎ捨てるが、ハエ目の昆虫は最終齢幼虫の皮膚がそのまま硬化して蛹の皮膚になる。脱皮をして蛹になるか、脱皮をせずに蛹になるかということで、前者を裸蛹、後者を囲蛹とよぶ。

JSTバーチャル科学館「昆虫の不思議な世界」( http://jvsc.jst.go.jp/being/konchu/index.html )を参照してみるとよい。

 

4.内分泌系による脱皮と変態の制御

 昆虫は外骨格を持ち、体腔内に満たされた体液中に器官、組織が浮遊しているような構造であるため、内分泌系(ホルモン)による情報伝達は速やかにゆきわたると考えられる。脱皮や変態も、脳や前胸腺、アラタ体から分泌されるホルモンに制御されていることが明らかにされた。ホルモンが体液を介した情報伝達物質であることから、ホルモン分泌器官を含む部分と含まない部分で体液の行き来がないように結紮手術や、ホルモン分泌器官を含む部分と別の個体のホルモン分泌器官を欠く部分をガラス管で連結して体液の交流をさせることにより、ホルモンの作用が明らかにされてきた。その後、ホルモン分泌器官の外科的手術法も確立し、摘出手術や移植手術も行えるようになり、脱皮や変態のホルモン制御機構が明らかにされてきた。現在、化学分析技術の進歩によりホルモンの化学構造や合成系も明らかにされている。

昆虫に脱皮を誘導するホルモンは、1940年に我が国の昆虫生理学者の福田宗一博士が行った、カイコガ幼虫の結紮実験によって、胸部第一気門内側にある前胸腺から分泌されていることが示された。このホルモンは脱皮ホルモン(molting hormone)と命名され、1954年にはドイツのブテナントとカールソンによる10年を費やした研究の結果、単離されエクダイソンと命名された。ブテナントとカールソンは我が国から輸入したカイコガ蛹1000 kg から25mg のエクダイソン針状結晶をえたが、その構造が明らかにされたのはさらに10年後のことであった。エクダイソンはエクジソンとも呼ばれ、コレステロールと同様にステロイド環(骨格)を持つ化合物である。エクジソンはコレステロールから合成されるが、昆虫はコレステロールを合成できず、植物由来のβ-シトステロールなどを変換してコレステロールをえている。前胸腺から分泌されたエクジソンは、脂肪体などに取り込まれ、20-ヒドロキシエクジソンとなり、体液中に再放出され、脱皮を誘導するという機構が解明されている。

 エクジソンが脱皮を誘導することは判ったが、それだけでは幼虫から幼虫への脱皮であるか、変態を伴う脱皮であるかは決定されない。昆虫の変態にかかわるホルモンの存在を始めに提唱したのは、イギリスのウイグルスワースである。彼はオオサシガメという昆虫を材料にした実験で、アラタ体から変態を抑制する因子が放出されていることを見出し、1936年にそのことを発表した。さらに1940年にはアラタ体の移植実験により、このホルモンが積極的に幼虫形質を誘導するという意味を込めて幼若ホルモンと命名した( juvenile hormone )。カイコガ幼虫を用いたアラタ体摘出実験は、ブニオール(1936年)、金(1939年)、福田(1940年)らによって相次いでなされ、終齢前の4齢幼虫からアラタ体を摘出してしまうと、5齢幼虫にならずに蛹になることを見出した。そこで、福田(1940年)は、幼虫から幼虫への脱皮は、幼若ホルモンの存在下で脱皮ホルモンが分泌されると誘導され、変態脱皮は脱皮ホルモンの単独作用でもたらされると結論した。

 脱皮ホルモンが分泌されると幼虫脱皮か変態脱皮のいずれかが誘導されるので、脱皮ホルモンが昆虫の成長にとって最適なタイミングで分泌される必要がある。前胸腺の脱皮ホルモンの分泌を調節する機構の存在は、早くから予想されていた。前胸腺のエクジソン分泌を促す機構を明らかにしたのは、アメリカのウィリアムスで1947年のことである。蛹で休眠するセクロピアという大型の鱗翅目昆虫を用い、長期間低温下に保護して休眠が破れた個体と、休眠中の多数の蛹を傷口同士で連結(並体結合実験:パラビオーシス)し、体液の交流によって全ての蛹が成虫になること、休眠の破れた蛹から取りだした脳を休眠中の蛹に移植することによって成虫脱皮が誘導されること等から、昆虫の脳から前胸腺のエクジソン分泌を刺激するホルモンが分泌されることをみいだした。その後、このホルモンは前胸腺刺激ホルモンと命名され(prothoracicotropic hormonePTTH)、現在では、脳の半球に各2個存在する側方神経分泌細胞で作られ、反対半球に伸びた軸索を通り、側心体を経て、アラタ体から体液中に放出されることも明らかにされている。また、1999年には、活性化された前胸腺を抑制するペプチド (prothoracicostatic peptidePTSP) の存在も明らかにされ、脳による前胸腺からの脱皮ホルモン分泌の二重制御機構の全容が解明されつつある。アラタ体からの幼若ホルモン分泌活性の調節も、前胸腺支配と同様に脳で作られる神経ペプチドホルモンによって行われている。幼若ホルモン分泌を促すペプチドは、アラトトロピン、抑制するペプチドはアラトスタチンと呼ばれている。

 

 質問者へ

東京農工大学のホームページ ( http://www.tuat.ac.jp/ ) を開き、広報・情報公開のページをクリックし、デジタルアーカイブスを開く。次に、「近代日本の礎を築いた産業と東京農工大学―養蚕業と製糸業アーカイブス-」を開く。この中には、昆虫の変態や脱皮を説明する文書やホルモンの構造等、詳細な説明がある。また、同時にカイコガに関する種々の解説や歴史なども学べるようになっているので、参考にしてもらいたい。

説明文だけではよくわからないかもしれないので、ホームページから詳細な説明が見られるので( http://www.viva-insecta.com/ )参考とするのがよい。動画も付いているので参考になる。

 質問の中に、「昆虫ホルモンが人間の病気治療に役立つか?」とあったが、直接昆虫ホルモンが役立つことはないであろう。但し、農業生産現場での害虫防除には応用されている。また、昆虫は4億年以上前から地球上に生息してきているので、昆虫の遺伝子上には地球環境の変動・変化等を克服してきた情報が蓄積していると考えられる。従って、昆虫から人間の役に立つ「生理活性物質」が見つかる可能性は非常に高く、そうした研究は東京農工大学で進行している(他大学の医学部・薬学部・理学部等でも行われている)。

東京農工大学の昆虫に関する研究の歴史は非常に長く、現在も農学部、工学部、農学府、工学府、生物システム応用科学府で種々の研究が行われている。農学部では、生物生産学科、応用生物科学科、獣医学科で昆虫の研究が進んでいる。工学部では生物工学科で行われている。各学科での研究内容をネットで調べるとよい。

 

 

 

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