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No.29【質問】電子体温計
【質問】 初めまして、高1女子です。 電子体温計について質問があります。 新しく電子体温計を購入して説明書をみたら、 「引火性のある環境では使用しないでください 引火又は爆発の誘引となる可能性があります」 と書いてありました。 電子体温計は、計るときに電気?が発生しているのでしょうか? 微弱な静電気のようなものが先端で発生しているのかなと想像したのですが 気になるのでもっと詳しく知りたいです。 また、爆発するほどの「引火性のある環境」って、どういう場所でしょうか。 ガスが充満しているとか…?日常的にあまり考えられないような気もするので、 想像がつきません。 それと、飛行機の中に電子体温計を持ち込んではいけないと、母が言っていました。 本当ですか? 本当だとしたら何故でしょうか。電子体温計が発する電気って、そんなに 影響力があるのでしょうか… あれこれ質問してすみません。 とても気になっているので、ぜひよろしくお願いします。 【回答】 身近でよく使う製品についての質問ですがいろいろな重要な要素を含んでいる質問だな,と感心しました。 ① 燃えるとはどういうことか, ② 火がつくとはどういうことか, ③ 温度を測るとはどういうことか, ④ 水銀体温計と電子体温計の違いはどこか, ⑤ そもそも電子体温計はどういう仕組で働いているのか, などなど。ここでは主に①と②に関して考えてみることがよいと思いました。 質問者さんは,「引火」と「爆発」という言葉を用いていますね。「引火」と似た言葉に「発火」と いうものもあります。まずこの2つから整理しましょう。「引火」も「発火」も,ものに「火がつ(点,着)く」ことです。 物質の性質の引火温度,発火温度は両方とも「火がつく温度」ですが「つき方」が違うのです。例えばエタノールを例に考えましょう。エチルアルコールとか酒精とか呼ばれるアルコールです。このエタノールの引火温度は14℃(密閉[容器]中),16℃(開放下)で,発火温度は390〜430℃です(化学便覧改訂第3版,基礎編1,丸善)。ものに火がつくことから「燃焼」が始まります。そもそも燃焼(燃えること)とは?それは「もの」(物質)が酸素と反応して酸化物を作りながら分解していく状態をまとめて指します。ものは,水や二酸化炭素などの酸化物の小さい分子へとバラバラになっていくのと同時に,その周りにエネルギーを放出します。そしてこのエネルギーを,まだ酸化されていない「もの」がもらって元気になり酸素と反応しやすくなって,「酸化→エネルギーの発生→酸化→エネルギーの発生→…」と続いて,全体の酸化反応が勢い良く広がる状態が燃焼です。「引火」というのは「火種」によって燃焼が引き起こされるものです。ライターで火が点く状況を想像してみてください。ライターでは指でギザギザの輪を押し回すと,火花と一緒にガスが出てきて,それが燃え始めて炎になると,指で押したままにしてガスを出し続けている状況で炎が出続けます。 一方,「火種」が無くてものが燃え始めることを「発火」といいます。「もの」が熱くなって,「火種無し」で自然に火がつくことです。加熱だけで「もの」に火がつくには物は相当大きなエネルギーを持つ必要があります。そのためエタノールでも「火種無し」に火がつくにはものすごく高い温度が必要になります。 それに比べると「引火」が起こる温度はかなり低い温度です。「引火」は「もの」のうち,気体になっている部分,蒸気に火がつくのです。火が微小な部分でついて燃え始めたとしましょう。この場合,燃料が供給されなければ消えてしまいます。ライターの例でも分かりますね。押し込み部分から指を離すとすぐ火は消えます。エネルギー(主に熱)を受け取る仲間が近くにいないとエネルギーは雲散霧消してしまうのです。従ってある「物体」に火がついてそれが継続的な反応になるためには空間的にある程度以上密接して「もの」が居る必要があります。すなわち,一定以上の「濃度」が必要です。液体が気体になる量は温度と圧力で決まり,大体温度が高い方が気体になっている量は多くなります。1気圧の下,液体の物質がそこから出てくる気体と平衡になるときの濃度がその温度での「飽和蒸気圧」と呼ばれるものです。つまり,「引火温度」とは,「火種」があるときにそれによって物質の燃焼が継続するようになる最低の濃度の値と「飽和蒸気圧」とが等しくなる温度ということになります。実は濃度は高すぎても引火しないのです。今度は酸素の供給が追いつかなくなってしまうからです。その時は酸化が途中まで進んだ物質ができるなど起こります。この辺り大事なことですが,もう少し勉強してからの話ですね。 ところで,「引火」と似ている,「爆発」という言葉も整理してみましょう。これは必ずしも火が関わるわけではないのですが,急激な気体体積の膨張を伴う物質の分解です。必ずしもすべての爆発において物質そのものの変換が起こることばかりではないのですが,分子レベルでの状態の変化が起きていることは例外のないことですから,化学の世界の営み,ということができるでしょう。爆発の中で最も威力のあるケースは固体の爆発です。体積増加率や増加速度は凄まじく,爆薬に固体粉末が使われるのがわかると思います。 可燃性気体が滞って,ある場所に溜まったようになって濃度が高まってしまったとしましょう。そこに火種が来ると強烈な燃焼が起きる可能性があります。燃焼による爆発です。可燃性のガスが充満している部屋で鍵など金属が触れ合って火花が発生し爆発が起きた,という話は聞いたことがあるでしょう。この場合は急激な燃焼による爆発です。ただ,この場合濃度が高過ぎると爆発は起こらなくなります。つまり,爆発が起きる下限値の濃度と上限値の濃度があるのです。酸素量との兼ね合いです。自動車のガソリンエンジンも「気化したガソリンと空気をシリンダーに送り込み,圧縮してプラグ点火→瞬間膨張」を繰り返すものでから爆発の一種でしょう。この混合割合,タイミング,温度などを精確に制御して,ものすごい速さで行っているわけです。 日常生活環境で引火性のある場所というと,ガソリンスタンドなどの「火気厳禁」と示されている場所,暑い日で液体燃料の容器がパンパンに膨らんでいるような状況が想定されます。メタンガスが地中から出ているところも稀ではありますが存在しますのでその辺りも気をつけるところでしょう。今後水素ガスの利用が進んだ時にはまた対策は必要でしょう。 冷蔵庫のような密封性のよい場所で可燃性の液体が気化してある濃度範囲に入ると危ないことになります。よく知られた例ですと,ジエチルエーテル,メタノール,エタノールなどは冷蔵庫に入れてはいけない溶剤です。このような溶剤を普通の冷蔵庫にいれておくと,蒸気が爆発範囲の濃度になり,冷蔵庫の電気回路のON-OFFの時に爆発が起こる可能性があるとされています。現在の化学系の実験室では,それを防ぐために防爆型冷蔵庫を使うことが広まっています。 このように化学系の学科をはじめ,人工的な物質・材料を扱う工学部では,いろいろな面から災害や事故を防ぐ安全工学の勉強もします。それは「マニュアルに従う」というよりも「know why」という,理由を学び,その知恵を駆使して事故リスクを低減するという考え方・方法論に基づくものです。これまでに知られていない新しい材料や物質を実験的に探求することは予想もしないことに遭遇することもあります。そこから得られる知的実用的利益とリスクを両睨みしながら研究研鑽を行っているのが現在の工学部,特に化学系・材料系です。ここで使われている考え方,ぜひ日常生活でも役立つところは活用してもらいたいと思っています。 さて,さて「引火」の「火種」にはどんなものがあるでしょう。炎は当然,火花,放電も火種になります。電気回路が閉じてカチッとなったときも火種になります。恐らく電子体温計ではスイッチをONにした時の接続で電気が流れ始めることが火種になるのだろうと思います。これは最初に挙げた③〜⑤に絡むのですが,「物体の温度を計る」ときには「物体」と「温度計」が同じ温度になる必要があります(平衡に達した時の温度;平衡温度)。「物体」と「温度計」という②つの物体が同じ温度になるためには長い時間がかかります。電子体温計では肌に触れた部分(検温部)がサーミスタセンサという温度に依って抵抗値が変わる材料で「温度に関する情報」を得ます。そして,その情報の値の変化の仕方から平衡温度を「推定」しているのです。この方法で水銀温度計では随分長い時間脇の下に入れてじっとして待っていたのが,短い時間ですむようになったのです。電子体温計は体温用に特化したのと同時にこの「思考」をするためにエネルギーが必要なのです。私達が頭脳で大量のエネルギーを使うのと同じですね。このための電池からの電流のON–OFFが火種になり得ると懸念されているのだと思います。 最後の質問の「電子温度計は飛行機内に持ち込めない」ということは現在特に適用される規制ではないようです。航空会社にも問い合わせましたが同様の回答でした。リチウム電池やリチウムイオン電池は持ち込み禁止の対象になることもあるのですが,それはもっと大きな電池の場合です。でも先の尖った器具ですから,機内では不必要に取り出さないほうがよいことは確かでしょう。お母さんもそういう主旨で注意されたのではないかなと推測します。 |
No.28【質問】核酸の質量分析
【質問】 こんにちは。僕は、愛知県の中学2年生男子です。 2002年に田中耕一さんがノーベル賞を受賞した質量分析法に関する質問をさせていただきます。田中耕一さんは分子量が多く、今まで質量分析できなかったタンパク質の分析法を開発しました。 そこで質問です。タンパク質と同じく分子量が巨大な核酸(DNAやRNA)は質量分析をすることができますか。また、それら(DNAやRNA)の分子量はおよそどれぐらいですか。 ご回答よろしくお願いします。 【回答】 質量分析はできます。但し「核酸」が何を指すかによって、答え方がかなり異なることになります。 核酸塩基は1単位当たりの平均分子量が330程度です。DNAならA、C、G、T、 RNAならA、C、G、Uのそれぞれ4種類ずつあり、それぞれ少しずつ分子量は異なり、その平均が330位になるのです。このDNA1単位が一直線につながって遺伝情報を形成し、人の場合は約31億個(実際は、これが23対の相同染色体に分かれています)、大腸菌の場合は400万個つながって、それぞれの個体全部の遺伝情報を持つゲノムDNAとなります。なお、ヒトゲノムDNAも大腸菌のゲノムDNAも2本鎖を形成しているので、一単位当たりの平均分子量は660位になり、ヒトゲノムDNAの全体の分子量は660 x 31億で、2兆を超えることになります。実際は23対の相同染色体に分かれていますから、そこまでは大きくありませんが、それでも大変大きい物質と言えます。もし、ご質問の「核酸」がこのヒトゲノムDNAを指すのであれば、通常の質量分析計で決定できるのは分子量数万程度までですので、これではとても無理のように思えます しかし、その場合、ヒトゲノムDNAを切断して、ひとつ当たり分子量数万程度の大きさに断片化すれば質量分析ができます。ヒトゲノムDNAは超音波やレーザーなどで切断することができますし、酵素を使って特定の塩基配列のところで切ることもできます。もちろんヒトゲノムDNAを対象とする場合は、膨大な数の断片に分ける必要がありますが、既にヒトゲノム解析プロジェクトの際に、塩基配列を決定するために断片化したヒトゲノムDNAは作製されています。田中耕一先生がノーベル賞を受賞される少し前、2000年より前の頃には、質量分析計によって塩基配列を決定する方法もかなり研究されていました。しかし、塩基配列を決定するだけなら、もっと簡単な方法が、その後たくさん発明されたので、ヒトゲノムDNAの分子量を測定する意味はあまりなくなってしまいました。 しかし最近はマイクロRNAなど、生命現象の中で重要な役割を持つ分子量数万程度の拡散がたくさん見つかってきていますので、こういう「核酸」の分子量を測定することが重要になってくる可能性は大いにあります。また、最近はエピジェネティクスと呼ばれる学問分野が生命現象を解き明かす鍵として非常に注目されており、核酸の修飾(核酸に対する様々な官能基の付与)の解析の重要性が増しています。核酸の修飾の解析には質量分析が有効である可能性が高く、そのような分野で、今後「核酸」の質量分析が重要になっていくと期待されます。関連する研究は、東京農工大学工学部生命工学科で行われています。 |
No.27【質問】遺伝子頻度
【質問】
高校2年の女子です。 アルコールを飲んだときに、アセトアルデヒドを分解する酵素について伺います。
その酵素の優性の遺伝子をA、劣性の遺伝子をaとしたとき、AAの日本人は56%、 Aaの人は40%、aaの人は4%いる、と聞いたことがあります。aの遺伝子頻度を0.2として、 どうなるのか気になり計算したところ、AAが64%、Aaが32%、aaが4%となり、 数字が大きく異なることに驚きました。これは誤差の範囲を超えているのではと思い、 理由を考えてみたのですが、あまり思いつきません。
たまたまなのか、それとも何か特別な理由が考えられるのか、教えてください。 よろしくお願いします。
【回答】 遺伝子頻度と異なる遺伝子型を持つ個体数の頻度との関係式は、 高校の生物教科書にあるように、その生物集団がハーディー・ワイン
ベルグの法則が成り立つ場合に適用できます。すなわち、次の場合です。
1.自由交配(任意交配)である。 2.個体群内の個体数は十分に大きい。
3.他の個体群との間で個体の流出・流入がない。 日本人の遺伝子頻度の分布が長年にわたって変化していないと すると、この分解酵素の弱い遺伝子と強い遺伝子とは生存価が同じと 推定されます。生存価が同じで、さらに他の条件がほぼ満たされていれば、 質問は、日本人の遺伝子頻度の分布がaを0.2としたときに推定される 理論値と実際の調査値の間に差があるかないかという問題ですが、 これは統計学的には母比率の検定で調べることができます。しかし、 日本人の遺伝子頻度の分布を調査したときの対象集団やサンプル数 などが明確でないので差があるか否かを厳密に調べることができません。 直観的には理論値と調査値は驚くほど大きく異なるようには思えませんが いかがでしょうか。
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No.26【質問】カタツムリの生殖
No.25【質問】アリの触角
No.24【質問】酵素の最適pH
No.23【質問】天気予報の解釈
No.22【質問】一体化したシイタケ
【質問】 高校一年の女子です。 スーパーで買ったシイタケの中に、2個のシイタケがくっついているものがありました。 柄は2本ですが、根元でつながっていて、傘も、つながっていましたが、 真ん中あたりにくびれがありました。このシイタケはどうしてこうなったのですか。 また、どのようにしてできたのですか(いつつながったのですか)。
教えてください。よろしくお願いします。
【回答】
面白いことを観察され、興味を持ったことは素晴らしいことです、 これからもそういう目を持ち続けて下さい。
栽培されたシイタケで、ご質問のように二つのきのこでカサがついたりすることは 頻繁には起きませんが、極端に稀ではありません。シイタケは丸太で栽培するタイプと オガクズを詰めた袋で栽培するタイプがあります。このどちらでも見かける現象です。 商品としては微妙に違和感があり、欠陥と見なされ、出荷されないため、 一般の人の目に触れることは稀です。
先ず、シイタケに限らず栽培されるきのこは、種を植えて培養しますが、 この種は植物で言う種子とは異なり、菌糸を木片などで培養して 「種のように」作ったものです。植物では挿し木や組織培養に近いと考えて下さい。 動物で言えばiPS細胞から、特定の組織を作る段階のようなモノです。 (きのこ栽培では、出来上がるきのこの品質、発生時期など様々な点がバラバラになり 商品管理しにくいこともあって、種子に相当する胞子を使うことはありません。)
従って、1本の丸太から発生する子実体(きのこ)は、違う場所から発生しても 全く同じ遺伝子を持っています。クローンです。もし、これらから菌糸を取り出して ペトリ皿の上で培養すれば二つの菌糸体は融合し、一体化します。ですから、 同じクローンだと、くっつきやすいと考えて下さい。
しかし、子実体が或程度成長してしまうと、密着しても、きのこ同士は簡単には融合せず、 くっついて変形するだけで融合して一体化することはないようです。 これは組織の外側で外皮が形成され、分化してしまうと、融合が起きにくくなるためでしょう。 つまり、きのこの赤ちゃんの状態で微妙な距離だと今回のケースが起きるようです。
もう一つのケースがあります。一つの子実体に何らかの事情で縦割れが起きて、 その外圧がしばらく続くと、別々の子実体のように成長しますが、 カサの先はくっついたままなので、結果的に、質問されたきのこのように 二つがくっついた状態で大きくなります。
このシイタケと同じような現象は植物でも見られ、例えばガードレールや パイプを飲み込んだように成長した木などがニュースで取り上げられています。 人工的には可能で、近くに植えた二本の木を1-2mの高さで双方に傷をつけて 密着させて固定すると、二つを癒合させて成長させることができます。 接ぎ木の応用で融合する場合は親和性が高いと言います。この場合、傷を修復する細胞は 「根にも葉にもなる」分化の方向性のないもので(カルス細胞と呼びます。)、 しばらくすると、分化が決まり、①その環境が暗くて土壌化した腐朽材でもあれば根になるし、 ②明るい時は芽から枝葉になり、③幹の形成層と同じように育てば年輪形成をします。 ③のケースはくっついたシイタケと同じような状況です。
この現象そのものや食用きのこを直接実験材料に使っている教員は少ないですが、 広い意味での菌類は農学部では環境資源科学科や応用生物学科の一部などで扱っています。 植物の方は、獣医学科を除く全ての学科で扱っています。 この木では未だ飲まれていないフェンスが上にあり、下は幹に飲まれてしまっています。 途中の段階が編み模様の木肌になっています。この木も一度樹皮の組織がアングルや 金網という異物で別れさせられて、再び合体した状況を示しています。 農学部キャンパスには樹皮の一部が割れて、再び枝のよう繋がったバイパス樹皮を 持つヒノキが生協前にあります。オープンキャンパスで見学しみたらどうでしょう。 |
No.21【質問】昆虫の脱皮と変態
【質問】 こんにちは。高校3年生男子です。 僕は、小学生の時にではありますが、蝶の研究を3年間しました。 それからは、他の事に興味が湧いたりしたりで、しばらく忘れていたのですが、 高3になり進学を考えるにあたって、その時の疑問と、その研究ができる道が あるかどうかを質問させていただきたいと思います。 その当時、蝶の研究をしようと思ったきっかけは、夏の終わりに、蛹を お菓子の箱に入れて忘れて、暖房のない部屋に放置しておいたら、 翌年の春に羽化したことです。それも、石のように固くなってしまった蛹から 羽化したのです。 それから、仮説を立てて、人工的に、実験などをしました。 1年目は幼虫について、2年目は蛹について、3年目は成虫について、 蛹化にあたっての半年間の日長時間との関係、温度との関係、蛹化する前の 居場所と蛹の色の関係、蝶の通り道等、環境による成虫になる条件等を 調べたりして、蝶(昆虫)の不思議さ、神秘さに感動しました。 夏型の蛹が春型の蛹に変化したり、幼虫から蛹に変化するのは、昆虫ホルモンの はたらきだということですが、昆虫ホルモンとは何なのかよくわかりません。 蛹化する時に、一度、細胞がすべて死んで、どろどろになって、新しい細胞が 作り変えられる現象のメカニズムは、どのようになっているのでしょうか。 このような昆虫ホルモンが、人間の病気治療に役に立たないかとかの研究 とかがされている研究室は、どこかにありますか。それは、不可能ですか。 僕は、今、受験する大学で、この昆虫ホルモンとかの生命科学か (というのかわかりませんが)また、昆虫の不思議さが応用される工学か、 すごく迷っています。 東京農工大学の先生の本を当時読んだことがありますし、研究している先生の 特集をテレビで見た記憶があります。専門の先生の立場で、アドバイス してもらえたらと思います。 よろしくお願いします。
【回答】
脱皮と変態の仕組み
東京農工大学大学院・農学研究院・農学部 島田 順・普後 一
1.はじめに
昆虫にも脳がある。昆虫の体は、頭部、胸部、腹部に分けられるが、もちろん脳は頭部にある。昆虫の脳は小さいが、我々の脳と同様に感覚器や神経系を介して、外界の情報を集め、それらを統合し反応系を作動させる。反応には、神経系を介したものと内分泌系(ホルモン)を介したものがあるが、脱皮や変態の制御は内分泌系によってなされている。むろん、昆虫の成長や変態の主要過程も、脳による内分泌調節機構も、それぞれの種ごとにあらかじめ遺伝情報として組み込まれていると考えられるが、脳には体内の生理的情報や外界の環境に由来する刺激を統合してこれを修飾、調整する機能がある。
2.脱 皮
昆虫は外骨格をもつ動物なので、エビやカニと同様に成長に伴って脱皮する。昆虫の皮膚は、体腔と皮膚を隔てる基底膜の外側にある真皮細胞と、その外側の硬いクチクラ層から成っている。真皮細胞は、普通はクチクラと結合しているため皮膚の伸縮性が小さく、これを脱ぎ捨てない限り、幼虫は大きくなれない。幼虫がある一定の大きさになると、真皮細胞はクチクラ層の内側に新しいクチクラを作り、外側の古いクチクラを脱ぎ捨てる。これを脱皮とよぶ。
下の図は、カイコガの生活環を示している(飼育温度が23から25℃の時を標準としている:森精、1970年:三省堂書籍図版を改写)。 脱皮に先立ち、真皮細胞は分裂によって数を増やしつつ単層に配列し、次の齢の大きさを決める新しい真皮を形成する。さらに、真皮細胞は古いクチクラの内層を分解する酵素を分泌し、クチクラと真皮細胞の間に間隙をつくる。間隙ができると真皮細胞からは、新しいクチクラが外層から順次分泌される。古いクチクラ内層部の分解産物は、真皮細胞内に吸収され新しいクチクラの合成に再利用される。昆虫の一生で幼虫期は栄養成長の時代であり、幼虫の体重は孵化してから終齢幼虫に達するまでに数千倍にも増加する。脱皮は体の大きさの増大に対応した現象といえる。幼虫から幼虫への脱皮の回数は、決まっている種が多いものの、栄養状態や環境条件によって変る種も存在している。
3.変 態
幼虫から幼虫への脱皮は、体の組織形態や機能に大きな変化を伴わないが、幼虫、蛹、成虫への変態は、体組織の形態と機能に著しい変化を伴う。昆虫の成虫期は、生殖成長の時期であり、生殖器の発達と翅の獲得が特徴である。昆虫以外の変態する動物として、エビやカニなどの甲殻類、幼生時代がオタマジャクシの両生類、ホヤやフジツボなどが知られているが、そのいずれもが幼生、幼虫時代は効率よく栄養を摂取して成長するのに好都合な形態であり、成体、成虫は種の保存と繁栄に適した形態と考えられる。幼生と成体で食性や生活域を異にする場合も多く、これも同種内の競争を避ける適応戦略の一つといえる。
体組織の形態や機能の変化を伴う脱皮が変態であるが、昆虫には変態といえるほどの変化がない脱皮を繰り返して成虫になるグループがいる。これを無変態とよび、トビムシ目、シミ目、コムシ目などが含まれる。これらの昆虫は生殖能力の有無を除き、幼虫と成虫の形態はあまり変らない。
成虫の形態が翅と外部生殖器を除いて幼虫形態とほぼ同じで、しかも、幼虫と成虫の間に蛹を経ない変態がある。これを不完全変態とよび、トンボ目、ゴキブリ目、カマキリ目、バッタ目、ナナフシ目、ハサミムシ目、カメムシ目などがそのグループである。これらの昆虫の幼虫には、成虫の翅とは異なるものの翅芽と呼ばれる袋状の構造が胸部に突出していることから、外翅類ともよばれている。
これに対し、完全変態の昆虫にはチョウ目、コウチュウ目、ハチ目、ハエ目、シリアゲムシ目などが含まれ、幼虫と成虫の間に蛹で過ごす期間があり、幼虫時代の脚や口器は、蛹になるときに退化する。成虫の口器、翅、脚、複眼、触角などは、幼虫のときには未分化の細胞群(成虫原基)として体内にあり、蛹になるまでみえないので、内翅類とも呼ばれている。完全変態の昆虫の大半は、蛹になるときに脱皮して幼虫のクチクラを脱ぎ捨てるが、ハエ目の昆虫は最終齢幼虫の皮膚がそのまま硬化して蛹の皮膚になる。脱皮をして蛹になるか、脱皮をせずに蛹になるかということで、前者を裸蛹、後者を囲蛹とよぶ。
JSTバーチャル科学館「昆虫の不思議な世界」( http://jvsc.jst.go.jp/being/konchu/index.html )を参照してみるとよい。
4.内分泌系による脱皮と変態の制御
昆虫は外骨格を持ち、体腔内に満たされた体液中に器官、組織が浮遊しているような構造であるため、内分泌系(ホルモン)による情報伝達は速やかにゆきわたると考えられる。脱皮や変態も、脳や前胸腺、アラタ体から分泌されるホルモンに制御されていることが明らかにされた。ホルモンが体液を介した情報伝達物質であることから、ホルモン分泌器官を含む部分と含まない部分で体液の行き来がないように結紮手術や、ホルモン分泌器官を含む部分と別の個体のホルモン分泌器官を欠く部分をガラス管で連結して体液の交流をさせることにより、ホルモンの作用が明らかにされてきた。その後、ホルモン分泌器官の外科的手術法も確立し、摘出手術や移植手術も行えるようになり、脱皮や変態のホルモン制御機構が明らかにされてきた。現在、化学分析技術の進歩によりホルモンの化学構造や合成系も明らかにされている。
昆虫に脱皮を誘導するホルモンは、1940年に我が国の昆虫生理学者の福田宗一博士が行った、カイコガ幼虫の結紮実験によって、胸部第一気門内側にある前胸腺から分泌されていることが示された。このホルモンは脱皮ホルモン(molting hormone)と命名され、1954年にはドイツのブテナントとカールソンによる10年を費やした研究の結果、単離されエクダイソンと命名された。ブテナントとカールソンは我が国から輸入したカイコガ蛹1000 kg から25mg のエクダイソン針状結晶をえたが、その構造が明らかにされたのはさらに10年後のことであった。エクダイソンはエクジソンとも呼ばれ、コレステロールと同様にステロイド環(骨格)を持つ化合物である。エクジソンはコレステロールから合成されるが、昆虫はコレステロールを合成できず、植物由来のβ-シトステロールなどを変換してコレステロールをえている。前胸腺から分泌されたエクジソンは、脂肪体などに取り込まれ、20-ヒドロキシエクジソンとなり、体液中に再放出され、脱皮を誘導するという機構が解明されている。
エクジソンが脱皮を誘導することは判ったが、それだけでは幼虫から幼虫への脱皮であるか、変態を伴う脱皮であるかは決定されない。昆虫の変態にかかわるホルモンの存在を始めに提唱したのは、イギリスのウイグルスワースである。彼はオオサシガメという昆虫を材料にした実験で、アラタ体から変態を抑制する因子が放出されていることを見出し、1936年にそのことを発表した。さらに1940年にはアラタ体の移植実験により、このホルモンが積極的に幼虫形質を誘導するという意味を込めて幼若ホルモンと命名した( juvenile hormone )。カイコガ幼虫を用いたアラタ体摘出実験は、ブニオール(1936年)、金(1939年)、福田(1940年)らによって相次いでなされ、終齢前の4齢幼虫からアラタ体を摘出してしまうと、5齢幼虫にならずに蛹になることを見出した。そこで、福田(1940年)は、幼虫から幼虫への脱皮は、幼若ホルモンの存在下で脱皮ホルモンが分泌されると誘導され、変態脱皮は脱皮ホルモンの単独作用でもたらされると結論した。
脱皮ホルモンが分泌されると幼虫脱皮か変態脱皮のいずれかが誘導されるので、脱皮ホルモンが昆虫の成長にとって最適なタイミングで分泌される必要がある。前胸腺の脱皮ホルモンの分泌を調節する機構の存在は、早くから予想されていた。前胸腺のエクジソン分泌を促す機構を明らかにしたのは、アメリカのウィリアムスで1947年のことである。蛹で休眠するセクロピアという大型の鱗翅目昆虫を用い、長期間低温下に保護して休眠が破れた個体と、休眠中の多数の蛹を傷口同士で連結(並体結合実験:パラビオーシス)し、体液の交流によって全ての蛹が成虫になること、休眠の破れた蛹から取りだした脳を休眠中の蛹に移植することによって成虫脱皮が誘導されること等から、昆虫の脳から前胸腺のエクジソン分泌を刺激するホルモンが分泌されることをみいだした。その後、このホルモンは前胸腺刺激ホルモンと命名され(prothoracicotropic hormone:PTTH)、現在では、脳の半球に各2個存在する側方神経分泌細胞で作られ、反対半球に伸びた軸索を通り、側心体を経て、アラタ体から体液中に放出されることも明らかにされている。また、1999年には、活性化された前胸腺を抑制するペプチド (prothoracicostatic peptide:PTSP) の存在も明らかにされ、脳による前胸腺からの脱皮ホルモン分泌の二重制御機構の全容が解明されつつある。アラタ体からの幼若ホルモン分泌活性の調節も、前胸腺支配と同様に脳で作られる神経ペプチドホルモンによって行われている。幼若ホルモン分泌を促すペプチドは、アラトトロピン、抑制するペプチドはアラトスタチンと呼ばれている。
質問者へ
東京農工大学のホームページ ( http://www.tuat.ac.jp/ ) を開き、広報・情報公開のページをクリックし、デジタルアーカイブスを開く。次に、「近代日本の礎を築いた産業と東京農工大学―養蚕業と製糸業アーカイブス-」を開く。この中には、昆虫の変態や脱皮を説明する文書やホルモンの構造等、詳細な説明がある。また、同時にカイコガに関する種々の解説や歴史なども学べるようになっているので、参考にしてもらいたい。
説明文だけではよくわからないかもしれないので、ホームページから詳細な説明が見られるので( http://www.viva-insecta.com/ )参考とするのがよい。動画も付いているので参考になる。
☆ 質問の中に、「昆虫ホルモンが人間の病気治療に役立つか?」とあったが、直接昆虫ホルモンが役立つことはないであろう。但し、農業生産現場での害虫防除には応用されている。また、昆虫は4億年以上前から地球上に生息してきているので、昆虫の遺伝子上には地球環境の変動・変化等を克服してきた情報が蓄積していると考えられる。従って、昆虫から人間の役に立つ「生理活性物質」が見つかる可能性は非常に高く、そうした研究は東京農工大学で進行している(他大学の医学部・薬学部・理学部等でも行われている)。
東京農工大学の昆虫に関する研究の歴史は非常に長く、現在も農学部、工学部、農学府、工学府、生物システム応用科学府で種々の研究が行われている。農学部では、生物生産学科、応用生物科学科、獣医学科で昆虫の研究が進んでいる。工学部では生物工学科で行われている。各学科での研究内容をネットで調べるとよい。
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No.20【質問】アレルギーのメカニズム
【質問】 高校2年生女子です。 私はマンゴアレルギーでアレルギーに興味があります。 小麦でアレルギーのない人がなぜ加水分解小麦入りの石鹸でアレルギーになったのですか。胃腸で消化された小麦と、人工の加水分解小麦は違うのですか?
【回答】 既にご存じだと思いますが、アレルギーは私たちの免疫系が異物に対して過剰に応答することによって起こる病気です。マンゴーも小麦も私たちから見れば異物ですから、それを排除するような免疫応答が起こること自体は異常なことではありません。過剰に反応してしまうことが問題なのです。 ただし、私たちの免疫系は食べ物に対しては他の異物と違ってそれを排除するような免疫応答が起きない仕組みを持っています。それを専門用語で経口免疫寛容と呼びます。食べ物は私たちが生きていくために必要で、自ら積極的に(大量に)体内に取り込んでいるものなので、それを排除するような応答は不必要であるばかりでなく、時には害ですらあるからです(その代表例が食品アレルギーです)。すなわち、食べ物に対するアレルギーは本来起こりにくいはずなのです。 では、加水分解小麦入りの石鹸についてはどうでしょう?石鹸は皮膚に塗りますよね?皮膚はばい菌等の危険な異物が最も侵入しやすい場所なので、皮膚に存在する免疫細胞はとても強力です。ですから、加水分解小麦を皮膚に塗ると口から食べたときとは比較にならないほど強い免疫応答が起こってしまいます。ただし、皮膚はバリア機能をもっているので、普通は塗ったくらいでは小麦タンパク質が中に入っていくことはほとんど無いのですが、加水分解したことで分子の大きさが小さくなって中に入っていき易くなっていたと考えられます。さらに、石鹸には皮膚の細胞と細胞の結合を弱める働きがあるので、皮膚のバリア機能も弱まって、なおさら皮膚からの取り込み量が増えたのではないかと思います。その結果、小麦に対して過剰な免疫応答が誘導されてしまい、小麦アレルギーになってしまったと考えられます。 以上が、加水分解小麦入りの石鹸でアレルギーになった理由ですが、現在まだ研究が進行している途中なので、石鹸の影響や小麦タンパク質分子の大きさの影響などわからないことも多いです。東京農工大学農学部の応用生物科学科では、食品アレルギーの発症メカニズムの解明に向けた研究を実施していて、このような疑問を解決することを目指した研究も行っています。
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